マナースタイル★MannerStyle★

ビジネスコンサル兼マナー講師が、「マナー」「礼儀」「作法」「しきたり」の由縁について、調べたことをまとめたブログ。単なる備忘録です。

百姓と農民の違い

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次世代型の農業に取り組んでいる方々と、様々な話をしながらハウス栽培の様子を見せてもらいました。

日本古来の伝統農法に取り組み方々とも、先日話をしたり栽培の様子を見せてもらいました。

次世代型の農業に取り組む方も、古来の伝統農法に取り組む方も、少しでも特徴のある野菜をつくって、差別化を図り生産物を高く販売したいという想いを持っていらっしゃいました。

本当は、次世代農業と伝統農業の違いや感想を書きたかったのですが、公開してはいけない情報がたくさんあったので、書くのは控えておこうと思っています。

代わりに、農業に携わる方の呼び方「百姓」と「農民」について書いてみます。

 

 

 

 

中国の百姓

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「百姓」とは、中国から伝わった言葉です。

元々、農民を意味する言葉ではありませんでした。

百姓の意味は「百(多くの)姓(かばね)」で、たくさんの姓を持つ天下の民という意味です。

中国の長江下流域での発音(呉音)で「ヒャクショウ」、漢音で「ヒャクセイ」となります。

 

百姓とオオミタカラ

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日本では、百姓という言葉が中国から伝来した当初は、中国と同じ天下万民を指す言葉として使われていました。

飛鳥時代頃までに編纂された書物の中では、百姓に「オオミタカラ」という仮名が降られていました。

オオミタカラとは、王御宝と漢字を宛てることができます。

「民は大王(天皇)がいつくしむべき、宝である万民」という意味で使われていました。

当時は農業に従事する者だけでなく、商業や手工業、漁業などに従事している人たちのことも百姓と呼ばれていました。

 

百姓と豪族

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古代日本で「百姓」は、姓を持つ地方豪族の総称でした。

中央政府の戸籍に登録されて、国から班田(財産としての水田)を賜った者とされていました。

現在使われる「百姓」の意味に、田畑のイメージが付随しているのは、この班田との関わりが大きな理由となっています。

百姓を農民の意味として書いた最古の書物は、9世紀末に編纂された『三代実録』というものがあります。

 

百姓と農民

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百姓と農民という言葉が同じような意味で使われ始めたのは、江戸時代に入ってからです。

当時の儒学者・伊藤東涯は「農ハ百姓ノコト也」と著書に記しており、農夫に「ヒヤクセウ」という訓をつけました。

 

百姓と民

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「民」という言葉があります。

呉音ではミン、漢音ではビンと読みます。

本来の意味は、大衆というものでした。

古代日本では「田身」という字が宛てられていました。

田の身、つまり農民のことです。

これは、日本という国の成り立ちが水田中心の思想で形成されてきたことに由来しています。

百姓と農民は同じというイメージは、江戸時代から続く古い俗説です。

百姓という言葉の持つ本来の意味を考えたら、農業だけでなく様々な職業に従事しているすべての人が「百姓」だと言える気がします。

 

 

 

参考文献

広辞苑 第六版 (普通版)

ことばの由来 (岩波新書)

日本語源大辞典

国史大系 日本三代実録 前篇 (新訂増補 普及版)

日本思想大系〈33〉伊藤仁斎・伊藤東涯 (1971年)