マナースタイル★MannerStyle★

ビジネスコンサル兼マナー講師が、「マナー」「礼儀」「作法」「しきたり」の由縁について、調べたことをまとめたブログ。単なる備忘録です。

夏に裸で仕事をしていた日本人と、それを笑った欧米人。慌てた明治政府がつくった日本の作法。

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週末はスポーツジムに通っているのですが、最近暑くなってきたので、すぐにTシャツが汗でビショビショになってしまいます。

中には上半身裸でトレーニングしている人もいるのですが、少数派なのでやはりシャツは着ておかなければならないような気がしまして。

今回は、夏に裸で仕事をしていた時代の作法について書いてみます。

 

 

 

 

裸は御法度

江戸の飛脚―人と馬による情報通信史

明治時代になると、江戸時代の生活習慣が大きく変化しました。

断髪・廃刀などは有名ですが、それ以外にもたくさんの事が定められました。

当時の新聞にも、その記録が残っています。

立小便 以ての外

ー明治元年9月23日 もしお草

 

はだかはご法度 外国人に笑われるな

ー明治4年11月29日 東京府達

 

裸体、肌脱ぎ、男女混浴、春画、性具、刺青いずれも厳禁

ー明治5年4月 新聞雑誌三九

 

江戸時代の庶民は、夏は裸で働いていました。

当時はそれが当たり前だったので、だれも不思議に思ってはいませんでした。

特に飛脚は、ふんどし一丁で体中に刺青を入れた人がたくさんいました。

また、銭湯は男女混浴が一般的で、春画も本屋で普通に売られていました。

明治に入って、これらはいずれも新聞や雑誌で御法度とされますが、その理由は、外国人に笑われたのが原因だとされています。

日本では常識でも、世界では非常識だったり、笑われる行為でした。

「人に笑われないような行動をする」

という意識が浸透したのは、この時代からでした。

 

挨拶

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江戸時代の挨拶は、手を膝につけ、腰だけでなく膝も曲げて挨拶する場合が一般的でした。

明治時代になると、欧米人が日本にたくさんやってきます。

欧米人の挨拶は、腰を曲げずに握手をして挨拶します。

当時の日本人には、日本式の挨拶が卑屈に見られるようになりました。

それまでの日本の作法では、頭を低くする方が身分の低い者とされていました。

そのため、握手を求める西洋人と、頭を下げる日本人を比べた場合、日本人の方が身分が低く卑屈に見えてしまったのです。

これを何とかしようと考えたのが、明治政府です。

世界に通用する、日本人らしい作法をつくろうと、当時の文部省によって日本式作法が作られました。

 

小学校作法教授要項

小学校作法教授要項

文部省は、作法教授事項調査委員会というものを設置します。

この委員会が日本全国の作法を調査し、その結果をまとめ、当時の日本にふさわしい作法を作り上げます。それが「小学校作法教授要項」です。

これが、現代日本人の作法の原点となります。

「小学校作法教授要項」は、明治43年に内示され、大正2年に発表されました。

その後、中学校用の要項や女学校用の作法要項も発表され、小中学生用の教科書も作られました。

 

誰が作法を教えるか

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当時文部省は、学校に「作法室」を作りました。

しかし、作法を教えられる先生が少なく、作法専門の先生が各地に出向き、作法を教えていました。

学校の先生たちも、その地域ごとの自己流作法しか知らなかったためです。

 

操行と修身

アルタ メッセージカード 通知表色紙 封筒付き AR0819058

現代の小学校の通知表は、国語・算数・理科・社会といった順番に並んでいる場合が多いと思います。

明治時代の通知表は、操行・修身という順番に並ぶのが一般的でした。

操行とは、行儀のことです。

つまり、行儀作法のことになります。

修身とは道徳の事で、親孝行などの心の在り方が次に大切と考えられていました。

 

作法と道徳

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作法と道徳は異なるものです。

道徳は、心の在り方や考え方を指します。

作法は、心と行動が組み合わさったものです。

明治から大正時代にかけて、小学校低学年のうちは、心だけを指導しても効果が薄いと考えられていました。

行動を伴って心を指導できる作法が、子どもの教育に必要不可欠だったんです。

国語や算術(算数)などの勉強は、その次の段階と考えらえていました。

当時は作法が、日本人の土台として位置づけられていたのです。

 

心と行動を同時に指導する、作法

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現在の通知表は、国語が一番上に来る場合が多いと思います。

日本語を正しく使うことが、現代の小学校教育では一番重要視されているということなのかもしれません。

個人の自発性や個性を大切にした教育は大切だと思いますが、子どもが他人への敬意を学校で教わることがないと、授業を理解するという以前の問題がたくさん出てくる気がします。

子どもの心と行動を指導する「作法」は、もう少し見直されても良いような気がします。

 

 

 

参考文献

文明開化がやって来た―チョビ助とめぐる明治新聞挿絵

明治新聞綺談 (1943年)

新装版 新聞資料明治話題事典

小学校作法教授要項