マナースタイル★MannerStyle★

ビジネスコンサル兼マナー講師が、「マナー」「礼儀」「作法」「しきたり」の由縁について、調べたことをまとめたブログ。単なる備忘録です。

恋愛後進国・古代ギリシア人が考える紳士と美人

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外出先で資料を作成したかったので、マクドナルドに寄ってパソコンで仕事をしていました。

近くに座っていた女子高生の会話が、自然と耳に入ってきたのですが、

「クラスの〇〇君、ミロのビーナスの彫刻みたいに上着を肩にかけるでしょ。あれ、カッコいいと思ってんのかな?」

なんて会話が聞こえてきました。

ミケランジェロのダビテ像と勘違いしているようなので気になったのですが、資料が仕上がったので早々に店を出ました。

そんなわけで今回は、古代ギリシアの恋愛事情について書いてみます。

 

 

 

 

ホメロスの物語

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紀元前8世紀末のギリシアで、吟遊詩人として活躍したホメロスという人物がいます。

実在の人物かどうかについては様々な説がありますが、彼は『イーリアス』と『オデュッセイア』という物語詩を書き残したとされています。

イーリアスとは、「イリオンの歌」という意味で、イリオンとはトロイアの別名になります。

『イーリアス』という作品は、ギリシア神話の中で史実と考えられている、トロイア戦争の10年目に起きた、約50日間の物語です。

そして『オデュッセイア』は、英雄オデュッセウスの、トロイア戦争から帰国までの冒険物語になります。

この2つの作品の中に、作者であるホメロスの考える「紳士」について触れられた部分があります。

『オデュッセイア』の主人公であるオデュッセウスは、ギリシアの西海岸にあるイタケ島の王でした。

彼は頭が良く、優れた武将でした。

オデュッセウスは、ギリシア軍のトロイア遠征に加わりますが、戦争終了後、軍を連れて帰国します。

帰国途中、海神の怒りに触れてしまい、各地をさまようことになります。

帰国途中に立ち寄った島で、その島の王アルキノオスと妃のアレテに歓迎されます。

歓迎の宴に、「フェニキア人の中で最も美男子」とうたわれていたエウリュアロスも参加していました。

エウリュアロスは、客人として招かれたオデュッセウスを見て

「異国から来た客人よ、私は君にスポーツのたしなみがあるとは思えない。君は商人の船に便乗し、各地で強欲に利益をむさぼってきた人間にしか見えない。とてもスポーツを学んだ者とは思えないのだが」

と言い放ちます。

オデュッセウスは怒り

「たとえ神のように姿形が美しい男がいたとしても、その男の言動には優雅さがないとしたら、それは愚かな男でしかない」

 

と答える部分があります。

 

美とスポーツ

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 古代から、ギリシアではスポーツが重んじられてきました。

ギリシアで開催されてきたスポーツは、単に勝ち負けを決めるためのものではありませんでした。

日頃の鍛錬によって仕上がる肉体の美しさが求められました。

その美しさは、偏った筋肉美などではなく、均整のある美しさでなければなりませんでした。

また、人間には、様々な能力があります。

身体能力、感受性、芸術性、思考力など、いくつもの能力があり、人によって得手不得手があります。

古代からギリシア人は、こうした能力を結び付けて考える習慣がありました。

アリストテレスは、

「秩序」

「均整(シンメトリー)」

「明確」

の3つが、芸術や美しさに必要不可欠なものと考えました。

こうした背景があったから、『オデュッセイア』の作品の中で、オデュッセウスとエウリュアロスがスポーツや美について言い合ったと考えられます。

 

当時のマナー心得帳

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ウェブスター辞典によると、紳士・淑女とは

立派なこころをもった、生まれの良い優れた教育と社会的地位を持った人

と解説されています。

古代ギリシア時代には、紳士・淑女という概念はありませんでしたが、当時の教養人としての心得について、ヘシオドスが『仕事と日々』という本を書き残しています。

この本には、庶民の生活全般について書かれています。

仕事に関する部分では、農業や航海術、漁業について書かれています。

また、日常生活に関する部分では、処世訓としての当時の慣習やしきたりについて書かれています。

書かれている処世訓の中には

他人の貧乏をあざ笑ってはいけない。

嘘をついてはならない。

食事で酒を注ぐ前に、手を洗わなければならない。

太陽に向かって沐浴してはならない。

祭りの日に爪を切ってはならない。

結婚するなら近隣に住んでいる娘を選ぶのが良い。 

 

といったものが書かれています。

 

ギリシア人にとっての美人

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古代ギリシア人にとって美しい人とは、美男子のことを指していました。

当時の人々にとっては、美男子であることが紳士である条件の1つでした。

古代のギリシア人程、考え方や生活全般を「美」という価値観で判断した人達は、他にいなかったと思われます。

彼らは「俗悪野卑」という意味を表す言葉で「アベイロリア」という言葉を使いました。

これは、「美を鑑賞することのできない人間」という意味です。

哲学者プラトンは、「人生で最も大事なものは健康である、2番目に大事なものは、美貌である」と言いました。

また、アリストテレスは「見にくい男は幸福になれない」とも言い残しています。

 

男性の美

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古代ギリシアの記録に残っている紳士・美人に関する記述は、男性同士の社会におけるルールや処世訓がほとんどでした。

当時の男性が動作や身なりに気を遣ったのは、女性から魅力的に見られたいためのものではなく、男性から見られることを意識してのものでした。

当時のギリシアでは、女性は家の中に閉じこもって外に出ることは少なかったようです。

その事について、当時の劇作家や作家がいくつもの作品の中に書き残しています。

 

古代ギリシアの恋愛物語

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紀元前8世紀半に活躍した、吟遊詩人のホメロスの作品には、何人もの女性が登場し、その知恵や愛情、美しさが表現されています。

それが紀元前5世紀頃になると、文化や芸術作品の中に女性が登場することがなくなります。

当時も優れた劇作家はたくさんいましたが、男女の恋愛作品は一切残されていません。

約100年後の紀元前4世紀になると、作品の中に女性が登場し始めます。

ギリシアの3大悲劇詩人の1人である、エウリピデス(紀元前480年頃から紀元前406年頃)の作品には、女性は登場しますが、恋愛物語はありませんでした。

 

男女の恋愛作品が書かれなかった理由

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当時のギリシアでは、女性は男性よりも知性や感情が劣った存在だと考えられていました。

また、年頃の女性が1人で外出することはほとんどなく、男性が女性に出会う機会がありませんでした。

女性は教育を受ける機会はほとんどなく、15歳くらいになると会ったこともない男性と無理矢理結婚させられていました。

当時の女性の地位は、非常に低かったようです。

そのため、男女の恋愛作品が書かれることは全くありませんでした。

社会で生活する男性にとって、美の対象は必然的に男性になってしまったんです。

古代ギリシアでは、スポーツ・芸術・哲学などで優れた作品や思想がありましたが、男女の恋愛についての考え方は驚くほど未熟だったようです。

 

 

 

参考文献

ホメロス オデュッセイア〈上〉 (岩波文庫)

イリアス〈上〉 (岩波文庫)

イリアス〈下〉 (岩波文庫)

世界古典文学全集 第1巻 ホメーロス

ヘーシオドス 仕事と日 (岩波文庫)

ギリシァ思想の素地―ヘシオドスと叙事詩 (1973年) (岩波新書)