マナースタイル★MannerStyle★

ビジネスコンサル兼マナー講師が、「マナー」「礼儀」「作法」「しきたり」の由縁について、調べたことをまとめたブログ。単なる備忘録です。

「喪中に神社の鳥居をくぐってはいけない」と言われてきた本当の理由

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来週、とある企業で中堅営業社員向けの営業研修をする予定です。

研修で使うプレゼン資料を作るため、今日は1日会社で仕事をしていました。

発想の転換や意外な組み合わせが成功したビジネス事例をいくつかピックアップしていたのですが、その中に数年前に知り合った会社のことも盛り込むことにしました。

その会社、発泡スチロールの製造加工メーカーなんですが、発泡スチロールで神社の鳥居も作っているんです。

ワールドビジネスサテライトや、NHKまちかど情報室にも取り上げられたことがある、技術力に秀でた会社です。

資料がある程度仕上がった段階で、いつものように周辺情報や由縁にまつわることがないか調べていました。

そんなわけで今回は、鳥居について書いてみます。

 

 

 

 

鳥居とは

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鳥居は、神域と人間が住む俗界を区別する結界だとされています。

俗界に住む我々にとっては、鳥居は神域への入口を示す、一種の「門」になります。

鳥居という名前の由縁は、いくつかの説があります。

「通り入る」が略されて「鳥居」となったという説や、鶏の止まり木を意味する「鶏居」説、神前で一旦立ち止まるための木という「止まり木」説などがあります。

 

穢れと鳥居

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昔から、「喪中は神社の鳥居をくぐってはいけない」と言われてきました。

これは、穢れを忌むことに由来しています。

古来日本に伝わる日本神道では、死が穢れと考えられてきました。

日本人が死を穢れと捉えていたことは、『古事記』にも語られています。

穢れと捉えられていたものは、死だけではありません。

排泄された血も、穢れとされ忌むべきものでした。

 

神道・仏教・儒教・キリスト教

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中世になると日本では、神道の「死は穢れである」という思想と、仏教の「殺生は悪いこと」という思想が絡まり合います。

それによって、死に触れることや生き物を殺して血を流すことが避けられるようになりました。

これに加え、儒教の「君子は手を汚さず」という思想が重なり、殺生や穢れに自ら触れることが少なくなりました。

そのため、現代に至るまで日本人は、米をつくる農家に感謝することは多くても、魚や肉をさばいてくれた人に感謝することが少ない傾向にあります。

これに対し、キリスト教圏の社会では、生き物は神様が人間に与えてくれた贈り物だと考えられています。

そのため、殺すことについては日本ほど罪悪感を持つ人は少ない傾向にあります。

また、教会では血は聖なるものと考えられています。

教会のミサでは、キリストの血として信者に赤ワインが振舞われることもあります。

 

喪中に鳥居をくぐってはいけないとされた理由

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古代の日本では、死者の怨霊が大変恐れられていました。

平安時代頃までは、政権を奪うために権力者たちは権謀術数を弄し、時にはライバルを殺すこともありました。

そのため、人を殺して政権を奪った権力者にとっては、死者の怨霊を鎮魂することも政治の重要課題になっていました。

当時から、神社においては怨霊を呼び起こすような行為は嫌われ、極力慎むこととされてきました。

そのため、家族に不幸があって喪に服している人を、神域に入れないようにしたと考えられています。

これが、喪中には神社の鳥居をくぐってはいけないとされてきた理由です。

 

神社の鳥居が赤い理由

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神社の鳥居の色は、神聖な意味を持つ赤が使われている場合が多くあります。

これは火に通じる色で、悪霊を寄せ付けない色だとされています。

世界でも、古代の赤く塗られた遺跡や、赤で描かれた壁画などが多くあります。

これらも、悪霊を寄せ付けないためという意味が込められていると考えられています。

血や火を連想させる赤は、古代の人々にとって力強さや生命力を感じる色だったんだと思います。

 

鳥居は最初から赤かったのか

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現在も、伊勢神宮の鳥居は白木のままで朱色に塗られてはいません。

各地の神社でも、鳥居が白木のままという神社はたくさんあります。

朱色が神聖なものという考え方は、仏教によるものです。

仏教が日本で広まるにつれ、神仏習合で神社においても朱色が使われるようになりました。

でも、本来神社においては、白木そのままの色が神聖なものとされていました。

出雲大社でも、本殿が朱色に塗られた時代もありましたが、現在は白木そのままの本殿になっています。

穢れや悪霊を極度に忌み嫌った奈良・平安時代の日本人は、神聖な力があると考えられるものは宗教に関係なく、自分達の信仰の中に取り入れていったんだと思います。

そんな宗教観を持った人たちの子孫である私達だからこそ、クリスマスと除夜の鐘と初詣を、年末年始に何の違和感もなく楽しめるんだと思います。

 

 

 

参考文献

「神道」の虚像と実像 (講談社現代新書)

「日本の神様」がよくわかる本 八百万神の起源・性格からご利益までを完全ガイド (PHP文庫)