マナースタイル★MannerStyle★

ビジネスコンサル兼マナー講師が、「マナー」「礼儀」「作法」「しきたり」の由縁について、調べたことをまとめたブログ。単なる備忘録です。

もしも古代エジプトにタイムスリップしてしまった時のために覚えておきたい、当時のパーティマナー

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20年近く前に買い揃えたので、既に色あせてきているのですが、自宅に『ドラえもん』が全巻あります。

 

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小学生の娘はドラえもんが大好きで、

「ドラえもんが本当にいたら、未来や過去に連れて行ってもらいたいなー」

と、時々空想を膨らませているみたいです。

どの時代に行ってみたいのか聞いてみたら、クレオパトラが生きていた古代エジプトの時代に行ってみたいと言っていました。

クレオパトラと一緒に、パーティがしたいのだとか。

そんな訳で今回は、読んでも全く役に立たない、古代エジプトのパーティのマナーについて書いてみます。

 

 

 

 

古代エジプトのパーティ会場

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一般的に「クレオパトラ」の名前で呼ばれている古代エジプトのファラオは、正式な名前はクレオパトラ7世フィロパトルと言います。

記録によると、紀元前69年から紀元前30年に生きた人物だったようです。

大英博物館に保存されている、クレオパトラが生きていた当時の風習や文化を知ることができる資料によれば、当時のエジプトには、飲食店やホテルはなかったと言われています。

そのため、パーティを行う際は、個人の家で行われていました。

 

パーティへ招待される客

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古代ギリシアやローマでは、女性がパーティや宴会に招かれることはなかったとされています。

でも、エジプトでは男性も女性もパーティに招かれていました。

 

パーティの開催時間

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古代エジプトのパーティは、参加者は正午に集まることが多かったようです。

当時は水時計や日時計はありましたが、細かな時間を知ることは難しかったためだと考えられています。

 

フォーマルな装い

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エジプトは暑い国なので、服装でオシャレをするというよりも、化粧やアクセサリー、香りに意識を向けることが多かったようです。

 

パーティ会場への移動手段

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参加者は、馬車やカゴに乗って会場へ向かいました。

当時のエジプトでは、日傘や雨傘はありましたが、これは権力の象徴でもありました。

ファラオやその一族だけが、日傘や雨傘を使うことが許されていました。

そのため、王族の馬車やカゴには、大型の日傘が取り付けられていたそうです。

この習慣は、現在でもアフリカの王族で守られている国があります。

 

パーティ会場に到着したら

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会場となる家に到着したら、まずは居間に通されます。

ここで、食事の準備ができるまで、音楽を聴いて待ちます。

当然、楽師達の生演奏になります。

会場となる家に着いて、すぐに食事のテーブルに向かうのはマナー違反とされていました。

食事を待つ間、居間にある家具や花などを褒めるのが良いとされていたそうです。

 

食事の前のエチケット

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食事の前には、手を洗う習慣が古代エジプトにもありました。

手の他にも、足を洗うこともありました。

これは、エジプトが暑くて乾燥する土地だったため、食事会場に外の砂埃や汚れを持ち込まないためだったと考えられています。

この風習はエジプトだけでなく、ギリシアやローマにもありました。

 

歓迎の意

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いざ食事の席に着くと、まずはその家の召使がやってきます。

そして、招待客の頭に香油を振りかけます。

これが、古代エジプトでは歓迎の意を表す最大の行為だったそうです。

香油を振りかけられたら、今度は花が渡されます。

睡蓮の花を渡されたら、その花はパーティが終わるまで手に持っていなければなりません。

また、睡蓮の花で編んだ首飾りや髪飾りが準備される場合もありました。

こちらも、パーティが終わるまで身に付けておくのがマナーとされていました。

 

花とパーティ

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花で編んだ首飾りや髪飾りは、招待客の人数以上の数が準備されるのが常でした。

パーティの途中で花がしおれてきた際に、新しい飾りに取り換えるためです。

また、花は招待客に渡されるだけではありません。

部屋中に花を散らしたり、盃に花を浮かべることもしていました。

当時の壁画にも、酒宴の様子が描かれたものに、花が描かれているものがたくさんあります。

 

睡蓮とバラ

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パーティで使われる花は、睡蓮が多かったようです。

これは、睡蓮がエジプトのナイル川流域で多く自生しており、エジプト人にとっては身近な花だったためだと考えられています。

また、バラも紀元前にはエジプトで栽培されていたそうです。

そのため、クレオパトラがアントニウスを迎えてパーティを開いた際は、部屋一面にバラの花を撒いて歓迎したと伝えられています。

 

お酒と食事

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パーティが始まると、まずはお酒が勧められます。

お酒を勧めるのは、召使の役割でした。

主催者である家の主人は、大抵は部屋の一番奥に座っており、来客の挨拶を受けたりお酒を楽しんだりしていました。

お酒がある程度行き渡ったら、楽師達の歌や踊りが始まります。

同時に食事が運ばれ、招待客は自由に食事を楽しむことになります。

当時はナイフやフォークがまだありませんでしたので、指を使って食事をしていました。

 

パーティのお開き

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パーティが終わると、最後に召使が運んでくるものがありました。

ミイラのレプリカです。

ミイラに似せて作られたものですが、召使はこれを招待客に見せて周ります。

「死んでしまったら、こんなに飲んだり食べたりすることはできなくなります。だからどうぞ、今の生を楽しんでください」

という意味だったそうです。

 

この記事へのアクセスが増える日

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以上、古代エジプトのパーティマナーでした。

こんな読んでも役に立たない記事、書いたところで検索流入なんてあるはずがないと思っています。

もしも今後、爆発的に検索からのアクセスが増えるような日が来たとしたら、それは誰かがタイムマシーンを発明したときなのかもしれませんね。

そんな夢みたいなことを考えながら、役に立たない情報をひたすら記事にし続けるブログがあってもいいんじゃないかな、なんて思ってます。

 

 

 

参考文献

古代エジプトうんちく図鑑

古代エジプト 失われた世界の解読 (講談社学術文庫)

エチケットの文化史 (春山行夫の博物誌)