マナースタイル★MannerStyle★

ビジネスコンサル兼マナー講師が、「マナー」「礼儀」「作法」「しきたり」の由縁について、調べたことをまとめたブログ。単なる備忘録です。

天の羽衣伝説と竹取物語のつながりを調べていたら、日本古代史のミステリーに繋がってきた気がする

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今日は小学生の娘と百人一首をしていたんですが、心に引っ掛かる歌が1首ありました。

 

春過ぎて夏来るらし白袴の衣乾したり天の香具山

(はるすぎてなつきたるらししろたへのころもほしたりあまのかぐやま)

 

持統天皇が詠んだとされる歌で、『万葉集』に載っています。

百人一首はこれまで何百回、何千回とやったことがあるんですが、引っ掛かったのは先日こんな記事をブログに書いたからなんです。

 

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今回は、天の羽衣伝説について書いてみます。

 

 

 

 

持統天皇の和歌

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持統天皇が詠んだとされる

「春過ぎて夏来るらし白袴の衣乾したり天の香具山」

小倉百人一首に選ばれた他の和歌を見てみると、複雑な技巧を使ったり、比喩的表現を使っている作品がたくさんあります。

この歌に関しては、

「天香具山に白い衣が干してある、どうやら夏が来たようだ」

という意味の、とても写実的な歌だと思います。

私が初めて百人一首に触れたのは、小学3年生の頃でした。

当時、この和歌だけは情景がイメージしやすくて、すぐに暗記できたのを覚えています。

 

天香具山とかぐや姫

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天香久山は、奈良県橿原市にある山です。

山というよりは小高い丘のような場所ですが、古代から「天」という文字が付けられるほど、神聖な場所とされていました。

『伊予国風土記』には、天から山が2つに分かれて落ち、1つが伊予国(愛媛県)「天山(あめやま)」となり、もう1つが大和国「天香具山」になった、と記載されています。

この天香具山という言葉が含まれた、持統天皇が詠んだ和歌が気になったのは、先日竹取物語について記事を書いたからです。

天香具山の「かぐやま」と、かぐや姫の「かぐや」が似ているのが気になりました。

単なる偶然なのか、それとも何か関係があるのか、調べたら面白いつながりが発見できました。

 

「かぐや」の語源

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天香具山と、かぐや姫にふくまれる「かぐ」の文字は、元々「輝く」という言葉から来ているとされています。

すなわち天香具山は、太陽が昇るべき聖なる山という意味だったようです。

そしてかぐや姫は、輝くほど美しい月の住人、という意味があったんだと思います。

 

天香具山と天岩戸(あまのいわと)

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天香具山の南麓に、天岩戸神社という小さな社があります。

天岩戸と言えば、太陽神である天照大神が隠れ、世界が真っ暗になった岩戸隠れの伝説の舞台のことです。

天岩戸神社は、宮崎県にある神社が有名です。

同じ名前の神社が、奈良県の天香具山の麓にもあるというのは、どれだけこの山が神聖視されていたかということを物語っている気がします。

 

天香具山と持統天皇の歌

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万葉集の中に載っている、持統天皇の

 

春過ぎて夏来るらし白袴の衣乾したり天の香具山

 

という歌を、少し掘り下げて検証してみます。

技巧的な部分はさておき、「白袴の衣乾したり」と「天の香具山」という部分を比較しながら検証してみます。

天香具山は、日本国民の総氏神とされる、伊勢神宮内宮に祀られている天照大神が関係する程の、大変神聖な場所と考えられてきました。

そんな神聖な場所に、白袴の衣を干すなんて、普通は考えられません。

では、何であれば天香具山に乾しても問題ないのか、「神の白袴」つまり天の羽衣であれば、聖域に干されていても問題ないはずです。

持統天皇が詠んだ歌は、一見すると写実的で想像力を掻き立てる歌ではないように見えますが、天香具山という聖域について検証すると、普通はありえない情景だと読み取れる気がします。

 

天の羽衣伝説

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天の羽衣伝説は、日本各地に存在する伝説です。

最古の羽衣伝説とされるものは、風土記逸文として残っています。

『近江国風土記』には、滋賀県長浜市の余呉湖を舞台としたものが残っていますし、『丹後国風土記』では、京都府京丹後市峰山町を舞台としたものが残っています。

全国にある天の羽衣伝説は、この2つの伝説が広まってそれぞれの地で脚色されたと考えられています。

天の羽衣伝説の大まかなストーリーは

 

天女たちが白鳥の姿に身を変え、湖に降りてきて水浴びを始めます。

水浴びする天女の美しさに心を奪われた男が、天女を天に帰すまいとして、羽衣を隠してしまいます。

羽衣を奪われた1人の天女は、天に帰れなくなってしまいました。

天に帰れなくなった天女は、男と結婚し子供ができるとか、老夫婦の子として引き取られ、地上で生活を始めるなど、地域によって様々な伝説が残されています。

 

天の羽衣伝説の主人公

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天の羽衣伝説の主人公である天女は、豊受大神(とようけのおおかみ)だとする説があります。

豊受大神は、伊勢神宮外宮に祀られている神です。

滋賀県長浜市木之本町の辺りは、日本最古の羽衣伝説の舞台となった余呉湖や、背後の山の字名が「香具山」と呼ばれる伊香具神社(いかぐ)、石作の皇子を連想させる石作神社、月を連想させる高月町といった、竹取物語に登場する事物に関係するような神社や地名が多数点在します。

 

豊受大神とかぐや姫

豊受大神とかぐや姫には、いくつかの共通点があります。

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天の羽衣伝説で、豊受大神は白鳥の姿で地上にやって来るという逸話以外に、籠に乗って天から舞い降りるという説話もあります。

一方かぐや姫も、竹の中から産まれてすぐに、籠に入れられて竹取翁の自宅へ運ばれ、籠の中で育てられたと解説されているものがあります。

 

羽衣

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また、天(月)へ還る際も、豊受大神は隠された羽衣を見つけ、それを身にまとって天へ帰ります。

かぐや姫も、月からの使者である天人に羽衣を渡され、それを身に付けると同時に地上での記憶を失い、月の都へと帰っていきます。

豊受大神やかぐや姫だけでなく、天皇も羽衣を身にまとうことがあります。

それが、天皇の即位の礼の後、初めて行う大嘗祭(だいじょうさい)です。

大嘗祭は、古くは「おほにへまつり」「おほなめまつり」とも呼ばれていました。

これは、毎年11月に天皇が行う収穫祭のことで、その年の新穀を天皇が神に捧げ、天皇自らも食す祭儀のことです。

通常は新嘗祭(にいなめさい)と呼ばれていますが、天皇が即位後初めて行う新嘗祭のことを大嘗祭と呼んでいます。

この大嘗祭では、天皇は羽衣を着るのがならわしとされています。

このならわし、調べてみたら、持統天皇の頃から始まったならわしのようです。

そうなると、

 

春過ぎて夏来るらし白袴の衣乾したり天の香具山

 

この歌、単なる写実的な歌だとは言えない、何か重要なメッセージが込められている気がします。

 

豊受大神とは

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いろんな本を読みながら、豊受大神のことを調べている最中です。

まだ記事にするには資料が不足しているのですが、豊受大神の「トヨ」という文字が、大きなキーワードになっている気がします。

トヨの文字が入る登場人物は、古代日本の神話や逸話で重要な人物が多いようです。

しかも、その人物は本当に存在していたかどうかも分からない、権力者の都合で創られた可能性のある人物もいました。

例えば、聖徳太子。

厩戸皇子という名前以外にも、「豊聡耳皇子」や「豊耳聡聖徳」「豊聡耳法大王」といった名前で、日本書紀に登場します。

また、邪馬台国で卑弥呼の次の女王の名は「台与(トヨ)」と魏志倭人伝のなかに登場します。

天の羽衣伝説には、古代日本史の何か重要なメッセージが込められているのかもしれない、という仮説を立てた上で、続きを今度書いてみたいと思います。

 

 

 

参考文献

羽衣・竹取の説話 (総研シンポジウム)

折口信夫 講演録 日本の古代文化と南方 -----初めての折口学入門: 万葉集、貴種流離譚、まれびと、 常世、羽衣伝説 高校生からの学問入門

恨みの三保羽衣伝説 文春文庫

羽衣伝説の記憶 (光文社文庫)

奇妙な羽衣伝説

旺文社古語辞典 第10版 増補版

暗誦 百人一首(あんしょう ひゃくにんいっしゅ)

古事記の邪馬台国

現代語古事記: 決定版

日本書紀(上)全現代語訳 (講談社学術文庫)

日本書紀(下)全現代語訳 (講談社学術文庫)