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マナースタイル★MannerStyle★

ビジネスコンサル兼マナー講師が、「マナー」「礼儀」「作法」「しきたり」の由縁について、調べたことをまとめたブログ。単なる備忘録です。

「見てはいけない」と言われると、見たくなるのが人間の性なのかもしれない

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数日前に、会社の総務の担当者から相談を受けました。

総務から、社内に文書を回覧したり、メールで連絡事項を伝達することがよくあるのですが、皆内容をあまり読んでくれないので、何とか改善したいとのことでした。

そこで「秘」や「社外秘」のスタンプを押すようにしてみてはどうかと提案しました。

効果はあったようで、回覧文書の閲覧率が上がり、連絡事項がちゃんと伝わっていると実感できたそうです。

人間、秘密とか、見てはいけないと言われると、どうしても見たくなってしまうものだと思います。

そこで今回は、「見る」ということについて書いてみます。

 

 

 

 

「見る」の2つの意味

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見るという行為には、2つの意味があると思います。

1つ目は、視覚的に見るということです。

物の形や色、様子などを見ることで、対象そのものを見たままに認識するという行為です。

2つ目は、感情を含んで見るという意味です。

「まなざしが優しい」とか「冷たい視線を送る」なんて表現には、見るという行為に感情が含まれていると思います。

 

欧米人の「見る」

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欧米では、会話中に相手の目を見て話すのがマナーとされてきました。

でも、ひとくくりに欧米と言っても、国や民族によって「見る」という行為は違ったもののようです。

イギリスやアメリカなどのアングロサクソン系では、見ることを避ける文化を持っている気がします。

対してフランスやイタリアなどのラテン系、アラブ系の人達にとっては、見ることはとても大切にしている気がします。

例えば、パリのカフェでは、道行く人はカフェに座っている人たちをよく見ています。

カフェでお茶している人たちも、道行く人達のファッションや歩き方をよく観察しているようです。

「パリジェンヌ」にとって、流行のメイクやファッションに気を配ることは、今に始まったことではありません。

「見る」「見られる」文化が浸透している地域で暮らしていると、自然とそうなっていったんだと思います。

一方、アングロサクソン系のアメリカはどうかというと、ニューヨークやロサンゼルスなどの大都会では「見る」「見られる」文化はある程度浸透している気がします。

でも、「見られる」ことをラテン系の人たちほど気にしてはいないようです。

アメリカ出身の人と話をしていても、化粧やファッション、香りに対して、フランス人程意識している人は少ない気がします。

パリやニューヨークといった大都市出身の人ではなく、フランスやアメリカの地方都市出身の人と話をしていても、同じような印象を受けることがよくあります。

あくまで、個人的な印象ですけど。

 

日本人の「見る」

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日本人の「見る」「見られる」に対する意識は、人によって大きく違っている気がします。

人と話をする際に、相手を凝視するように目を合わせてくる人もいれば、目が泳いだり視線がずっと手元にある人もいます。

もしかすると、日本人の場合は子どもの頃のしつけが大きく影響しているのかもしれません。

叱られる際に「ちゃんと目を見て話なさい!」なんて言われ続けると、相手の目を見て話をしなければならないと子供心に感じるような気がします。

 

動物の「見る」

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動物園に行くと、「猿と目を合わせないようにしてください」といった注意書きが書かれている場合があります。

これは、目を合わせることが「攻撃」と受け取る動物もいるということだと思います。

動物にとって「視線を合わせる」ということは、コミュニケーションではなく攻撃の意思と受け取る場合もあるようです。

 

コミュニケーションと攻撃

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見るという行為のうち、感情的な意味を含んだ「見る」には、「コミュニケーションを取る」という意味と「攻撃」の意味があるのかもしれません。

相手に誤解されないためには、「見る」マナーも必要な気がします。

好きな相手に熱い視線を送ったとしても、相手がどう受け取るかは状況によって異なると思います。

「私のことを好きなのね」

と好意的に受け取ってくれればいいのですが

「なんだかいやらしい目で見られてる」

なんて思われたら、それは攻撃的な視線と映ってしまうかもしれません。

 

見てはいけない

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見てはいけないと言われると、どうしても見てみたくなるのが人間だと思います。

でも、こっそり見てしまったことで大変な事態になった事例はいくつかあります。

 

古事記の中の「見てはいけない」

イザナギノミコトの妻であるイザナミノミコトは、お産が原因で死んでしまいます。

悲しんだイザナギは、イザナミに一目会いたいと黄泉の国へ訪れます。

そこでイザナミは、イザナギに「決して覗かないでください」と言いますが、イザナミは約束を破ってイザナミのいる部屋を覗いてしまいます。

そこで見たのは、腐敗して蛆にたかられ、八雷神(やくさのいかづちがみ)に囲まれたイザナミの姿でした。

その姿を恐れてイザナギは地上へ向かって逃げ出してしますが、八雷神や黄泉醜女(よもつしこめ)に追いかけられます。

これは、イザナミが「見てはいけない」とイザナギに伝えることで、自分の正体を知られたくないという逸話です。

「見てはいけない」という禁忌を破ったイザナギは、散々な目に遭ってしまいます。

 

機織りの最中は「見てはいけない」

昔話の中にも、「見てはいけない」と言われる場面があります。

『鶴女房』『鶴の恩返し』として知られる昔話にも、そんな場面があります。

「私が機を織っている最中は、決して覗かないでください」

と釘を刺しますが、好奇心を抑えきれなくなった男は、そっと機を織る姿を覗き見てしまいます。

そこには、一羽の鶴が自分の羽根を抜いて機を織る姿がありました。

正体を知られた鶴は、引き留める男を振り払い、空へ帰っていきます。

 

玉手箱の中は、決して「見てはいけない」

浦島太郎の物語の中にも、見てはいけないものが登場します。

竜宮城の乙姫から土産に貰った玉手箱。

乙姫からは「決して中を見てはいけません」と言われていました。

でも、地上に戻った浦島太郎は、開けてはいけない玉手箱を開けてしまいます。

玉手箱から立ち上る煙と共に、浦島太郎は一瞬にして白髪の老人になってしまいます。

 

捜神後記と「見てはいけない」

日本に伝わる「見てはいけない」の物語の原型とおぼしき話があります。

中国晋の時代に書かれた『捜神後記(そうじんこうき)』です。

 

陶潛「搜神後記」

陶潛「搜神後記」

 

 

この中に、「白水素女」という説話があります。

1人で暮らす男が、仕事から戻るとなぜか夕食が家に準備さていました。

誰が準備しているのか不思議に思った男は、ある日仕事に行ったふりをして家を覗いてみました。

すると、拾った法螺貝が少女に変化し、食事の支度をしているのを知ってしまいます。

少女は見られたことに気づき、男の元から去ってしまいます。

 

見てはいけないと言われると、見たくなるもの

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ネットを検索していても、「閲覧注意」とか「絶対に見てはいけない」というタイトルがあると、ついクリックしてみたくなることがあります。

見てはいけないと言われると、どうしても見たくなるのが人間なのかもしれません。

この心理を逆手に取れば、見てもらいたい内容を効果的に伝えられるのかもしれません。

悪用厳禁ですけどね。

 

参考文献

現代語古事記: 決定版

鶴女房―佐渡の昔話 (1976年)

中国怪奇小説集 04 捜神後記(六朝)