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マナースタイル★MannerStyle★

ビジネスコンサル兼マナー講師が、「マナー」「礼儀」「作法」「しきたり」の由縁について、調べたことをまとめたブログ。単なる備忘録です。

四角四面な考え方よりも、融通無碍であるほうがうまくいく気がする

 

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今年入社した新入社員の中に、「四角四面」という言葉がぴったりな社員がいます。

何事にも一生懸命なんですが、融通が効かないのか、研修や仕事の効率があまりよくありません。

お酒の席でも、堅苦しさが抜けない様子です。

物事をあまり深刻に考えすぎてしまうと、心が疲れてしまう事があると思うので、少し心配してます。

毎日楽しく過ごすのにも、仕事でうまく人と関係を築くためにも、融通無碍(ゆうずうむげ)くらいが丁度いい気がします。

そんな訳で今回は、融通無碍について書いてみます。

 

 

 

融通無碍とは

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融通無碍を辞書で調べると、

「考え方や行動にとらわれるところがなく、自由であること。また、そのさま。」

と書かれています。

融通無碍とは、仏教から来た言葉です。

華厳経の荘厳な世界観を表した言葉で、無碍とは鏡面球体に傷がないことを意味しています。

互いに映り合っている隔たりのない無境の世界を指しています。

 

融通と無碍

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融通という漢字を1つずつ考えてみると、「融(とける)」と「通(かよう、とおる)」という組み合わせから、融解して通る、通じ合うという意味が読み取れます。

融通は、「溶け合い通じ合い、両方が相まっている」という意味であり、調和を意味しているというのが、仏教用語としての言葉の意味になります。

次に無碍ですが、これは「さまたげがない」という意味になります。

「碍(げ)」とは「さまたげ」という意味で、それが「無い」となるわけで「さまたげがない」ということになります。

浄土宗の教えでは、「碍」は「自分都合や好悪などの自分の物差し」という意味で考えられています。

自分の都合を優先しすぎて、「融通が利かない」ということになります。

融通と無碍を合わせて、融通無碍。

「さまたげる物事がなく、溶け合い通い合っている」という意味でになります。

 

神様、仏様

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この荘厳な思想は、時代とともに何でも受容して、何事にもこだわらない柔軟なものに変わってきました。

世界の宗教には、一神教の宗教はたくさんあります。

でも日本人は、神様、仏様、ご先祖様に加えて、キリスト教も年中行事の中に登場します。

また、困った時の神頼みの際は、手を合わせながら

「神様、仏様、どうかお願いします」

と、神様仏様に祈ることがあります。

神様、仏様の後に、「ご先祖様」を付け加える場合もあるようです。

ずいぶん昔の流行語で、「神様、仏様、稲尾様」なんてのもありました。

日本人は昔から、神様、仏様、ご先祖様と都合よく付き合ってきました。

正月にご先祖様を神社に呼んだかと思うと、お彼岸やお盆にはお寺にお呼びしていました。

無病息災や商売繁盛のご利益を求るために、神社も仏閣を関係なく巡礼します。

これこそまさに、良い意味で日本人の融通無碍さを表しているような気がします。

 

本音と建て前

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融通無碍は、曖昧さの意味を持っていると思いますが、同時に逞しさや柔軟さ、自由の意味も含んでいる言葉だと思います。

対人関係や社会生活を円滑に運ぶためには、四角四面で考えずに融通無碍な部分が必要だと思います。

融通無碍の精神は、本音と建て前で顕著に現れている気がします。

江戸時代の庶民は、盛んに物見遊山の旅に出かけていました。

当時は、原則的に庶民が旅することは禁止されていました。

旅に出るには、大義名分が必要でした。

そのため、寺社詣でや巡礼という名分を使って、旅が黙認されていたようです。

当時寺社詣でといっても、本当は物見遊山のための旅でした。

その代表的なものは、お伊勢参りです。

旅人の本当の目的に合わせて、神社仏閣の門前には、飲食店が立ち並び、遊郭まであったそうです。

「往きの精進、帰りは観音」

と表現されるほど、聖地は世俗にまみれた場所になっていました。

江戸時代の庶民は、本音と建前を使い分けて、神仏も融通無碍の対象にしていたんだと思います。

 

四角四面より融通無碍

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考え方や行動にとらわれるところがなく、自由であることという意味の融通無碍。

仕事をする上で、行動が融通無碍すぎると問題かもしれませんが、自由な考え方は大事な気がします。

前例がないから止めておくという、四角四面な考え方よりも、前例がないからこそやってみようという融通無碍な姿勢は、いつの時代も忘れてはいけない気がします。

 

参考文献

広辞苑 第六版 (普通版)

お伊勢参り - 江戸庶民の旅と信心 (中公新書)

神さま 仏さま ご先祖さま―「ニッポン教」の民俗学