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マナースタイル★MannerStyle★

ビジネスコンサル兼マナー講師が、「マナー」「礼儀」「作法」「しきたり」の由縁について、調べたことをまとめたブログ。単なる備忘録です。

滝沢馬琴が盛大に祝った「帯祝い」

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職場に、5月から産休に入る女性スタッフがいます。

だいぶお腹の膨らみが目立つようになってきて、長時間のデスクワークが難しくなってきたようです。

周囲もある程度気遣いながら仕事を進めているのですが、本人もお腹を冷やさないようにしたり、ぶつけたりしないように注意していると言っていました。

そんな女性スタッフですが、職場の同僚から腹巻のプレゼントを貰ったのがとても嬉しかったそうです。

そんなわけで今日は、帯祝いや腹帯について書いてみます。

 

 

 

帯祝いとは

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帯祝いとは、妊娠5か月目を迎えた妊婦が安産を願いながら腹帯をまく儀式のことです。

「戌の日」を選んで行います。

腹帯を戌の日に巻く理由は、犬は多産で、お産が軽いからだと言われています。

帯祝いは、犬にあやかって出産の無事を祈る儀式です。

帯祝いの際に、妊婦のお腹に巻く腹帯は「岩田帯」と呼ばれています。

これは「斎肌帯(いはだおび)」から転じたものだと言われています。

「斎」という文字には「忌み」の意味があります。

斎が使われる四字熟語に、精進潔斎という仏教用語があります。

これは肉類や酒類を口にせず、行いを謹んで身を清めるという意味です。

昔は、神祭や年中行事の前には、物忌に服して精進潔斎する習慣がありました。

こうした忌みの意味を含んだ言葉を帯祝いで使うことはせず、「岩田」の文字が使われるようになりました。

 

出産と忌み

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かつては、出産は穢れと考えられていた時代がありました。

出産のように、血をともなうものは不浄とされ、産屋にこもって出産する場合がほとんどでした。

また、お腹が大きくなる時期から、妊婦は忌み期に入ると信じられており、腹帯はそのしるしとされていました。

 

腹帯の歴史

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腹帯は古くから日本で用いられてきました。

『源氏物語』にも、「標の帯(しるしのおび)」という名前で登場します。

懐妊した中の君の様子を

「御腹もすこしふくらかになりにたるに、かの恥ぢたまふしるしの帯のひき結はれてるほどなどいとあはれに」

と表現した箇所があります。

平安時代の女性貴族は、着物の上から帯を結んでいたため、見た目ですぐに妊娠中だと分かったそうです。

江戸時代になると、腹帯は衣服の下に巻くようになりました。

庶民が腹帯をするようになったのは、江戸時代後期からだと言われています。

『南総里見八犬伝』の著者・滝沢馬琴は、息子の宗伯の妻である路(みち)が妊娠した際、盛大な帯祝いをしたそうです。

『馬琴日記』には、馬琴の長女・幸とその夫、馬琴の妹が集まって、祝いの膳を支度し、九つ(正午)に膳を並べて祝ったと書かれています。

食事が終わった後、産婆が妊婦である路の腹に帯を結んでもらいました。

帯を巻き終わった後、続々と親類縁者が祝いに訪れ、最後の訪問者が帰ったのは四つ半(午後11時)だったそうです。

 

腹帯の役割

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腹帯を巻くことで、妊婦の腹部を安定させ、胎児を守ることができると信じられていました。

科学的根拠はありませんが、帯でお腹を締めることで、胎児の肉体や魂を妊婦の体内にしっかり固定できると信じられていたそうです。

現在も、妊婦の腰痛や冷え性を防ぐことができると言われています。

 妊婦が腹帯をしめることについては、母子にとって有害だとする考え方もあるようです。

腹帯をするかどうかは個人の判断によるのかもしれませんが、最近は帯ではなく、簡単に付け外しができる商品がたくさん売られています。

自分が妊娠中だということを自覚し、お腹を守るように慎重に動くようにする心構えを持つ意味で、腹帯をすることは大切な気がします。

 

参考文献

源氏物語―付現代語訳 (第1巻) (角川ソフィア文庫)

曲亭馬琴日記〈1〉文政九年丙戌日記抄、文政十年丁亥日記、文政十一年戊子日記

馬琴日記〈第1巻〉 (1973年)