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マナースタイル★MannerStyle★

ビジネスコンサル兼マナー講師が、「マナー」「礼儀」「作法」「しきたり」の由縁について、調べたことをまとめたブログ。単なる備忘録です。

「お見合い」は自由恋愛が制限されて誕生し、時代と共にエンターテイメント化している気がする

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ドラマ『東京タラレバ娘』を、毎週録画しています。

原作者の東村アキコさんの作品は、昔から大好きなんです。

家族の面白エピソードや、九州出身というプロフィール、絵の学校に通ったことなど、私の家族に共通していることが多くて。

『東京タラレバ娘』のドラマを観ている人の中には、いろんな意見や突っ込みをしている方もいて、それも含めて毎回面白く観ています。

原作やドラマを観て、結婚やお見合いのことについて書いてみたくなったので、今日は「お見合い」について書いてみます。

 

 

 

「見合い」とは

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一度だけ、見合いをしたことがあります。

「見合い写真」なんて大層なものを用意することはありませんでしたけどね。

社会人になって間もない頃、取引先の方から「君は結婚してないのか? いい娘がいるんだけど、一度会ってもらえないか」と言われ、スナップ写真を見せられました。

結局、その取引先の方と3人で、ホテルのレストランで食事しただけで終わっちゃいましたけれど。

 

「見合い」とは、結婚を希望する男性と女性が「世話人」と呼ばれる第三者を介して対面することだとされています。

 

当時の私は、結婚する意志はあまりなかったので「何事も経験」「人との出会いは大切にしたい」といった気持ちで、見合いに臨んでいた気がします。

最近は、結婚情報サービスや婚活サイトも増えましたよね。

これも「見合い」の一種と言っていいのかもしれません。

 

平安時代頃の恋愛・結婚観

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『源氏物語』を読むと、当時の貴族の恋愛や結婚は自由だったように描かれています。

同じ時代の恋愛や結婚について調べてみても、地方の農村部では、若い男女が当人同士の合意によって夫婦になるのが自然だったとされています。

 

戦国時代以降の恋愛・結婚観

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自由恋愛や結婚に変化が現れるのは、戦国時代の頃からです。

大名同士での政略結婚が増え、相手の顔も知らないままに結婚させられるようになりました。

武家の子女だからという理由で、10歳に満たない子供の政略結婚が決められることもあったそうです。

また、その時代は街のつくりも変化します。

城下町が誕生し、武家屋敷が集まるエリアができると、上級武士の娘ほど、年頃の男性と出会う機会がなくなってしまいました。

格式ある武家の娘が、気ままに街を歩くものではないという考え方が広まったからだと言われています。

困ったのは、独身男性達です。

大名や上級武士であれば、家同士の縁組で結婚できる場合がほとんどでした。

でも、下級武士の場合は、同じような身分の家柄の女性と出会うことができなくなってしまいました。

そこで、年頃の男性に嫁候補を引き合わせる「妻合わせ(めあわせ)」が行われるようになりました。

この「妻合わせ」が、「見合い」の語源とされています。

妻合わせを行う際は、結婚相手を探している武士にとって「上司」の立場にある人が、世話役となるのが常でした。

 

江戸時代の恋愛・結婚観

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身分制度や社会の仕組みが確立された江戸時代も、「見合い」で結婚する人は多かったようです。

武士や一部の商人の間では、家の存続のために結婚相手を見合いで選んでいました。

武士の家系は、「個人」ではなく「家」が尊重されていました。

例え本人同士がどんなに好き合っていても、家の為にならなければ結婚できませんでした。

また、上級武士であれば、結婚には幕府の許可が必要でした。

どんなに本人同士が愛し合い、家の為になる結婚でも、最終的に幕府が許可をださなければ、結婚できなかったそうです。

当時の武家同士のお見合いでは、現在のようにお茶や食事をしながら会話を楽しむのではなく、世話人が選んだ場所に女性を連れて行き、それを男性が物陰から観察していたそうです。

そして、男性が女性を気に入ったら、世話人に扇子を託します。

その扇子を世話人が女性に届け、それを女性側が受け取れば、婚約成立となったそうです。

一方、庶民は自由恋愛を楽しんでいたようです。

江戸時代初期、武士の多かった江戸には男性が多く住んでおり、男女の比率は2:1程でした。

そのため、江戸で恋愛の主導権を握っていたのは女性だったそうです。

デートの誘いもプロポーズも女性からというのがごく当たり前で、男性は意中の女性に「つけ文(ラブレター)」を書いて、返事を待つのが一般的でした。

 

明治時代の恋愛・結婚観

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時代の変化と共に、男女の価値観も変化しました。

男性と女性は、幼い頃から別々な教育を受けたり、異なる生活習慣を身に付けるべきだという考え方が広まりました。

そのため、庶民でも自由恋愛する人は少なくなり、結婚は「見合い」によって決められることが多い時代となりました。

 

現代の「見合い」

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最近は、結婚相談所や結婚情報サイト、国際結婚の斡旋など、様々なサービスがあります。

婚活パーティや街コンも、至る所で開催されています。

昔と比べると、見合いはエンターテイメント化してきているのかもしれませんね。

でも、見合いは恋愛や結婚をサポートするためのものという本質は、今も昔も変わっていない気がします。